恥とマスは掻き捨てナマステ

ヨーグルトが好きです。アートと映画と音楽と野球は、もっと好きなようです。

いきうめ、ダメ、絶対。

子どものときに観たテレビドラマが今でも心を漠然と蝕んでいる。そのドラマはこんな話だった。

ある男が刑務所に入る。しかし男はすぐにでも出所したい。脱獄を考える男は、刑務所で働く墓守の老人を見かけて妙案を思いつく。刑務所で死んだ人間は、刑務所の外にある墓場に埋葬される。ということは死体の入った棺に潜り込み、埋葬されたのち、誰かが掘り起こせば脱獄に成功するぞ、と男は思いついたのだ。そして男は墓守の老人をうまく丸め込み、掘り起こさせる約束をする。後日、男は死体の入った棺へまんまと滑り込む。予定通り、死体と男を乗せた棺は運ばれていく。所定通り、死体と男は埋められる。男はポッケからマッチを取り出し、死体の顔を見てやろうと火を付ける。そこで男が見た死体の顔は、約束を交わした老人だったとさ。
というオチのこのドラマ、ご覧になった人も多いと思います。そう、ヒッチコック劇場「死人の脱走」というお話。おさなごころにも生き埋めという死に方だけは絶対に嫌だなと思いました。
いきうめ、ダメ、絶対。
というわけで木箱に閉じこめられて生き埋めになる男の映画「リミット」を観ました。シネセゾン渋谷で。右上の画像はこの映画のポスター。おお、なんか見たことあるデザインだ。
そう・です、ソウル・バス(Saul Bass)の手がけたポスターに似てる。ソウル・バスといえばヒッチコックの「めまい」(左の画像)なんかのポスターをデザインした人。
それはともかく。「リミット」は90分の映画ですが、さすがに90分という時間を棺の中だけで終始させるわけもないだろう、回想シーンとかふんだんに使ってお茶を濁すのだろうと観る前は思ってました。
甘かった……いやさ、苦かったよ! 砂の味は! 90分間ひたすら地中! せまい木箱の中! 男一匹! それだけの映画!
オープニングのテロップが終わると、まずは暗闇が続く。スクリーンは真っ黒。上映トラブルかと心配させるぐらい、なんにも映ってない。なんにも! 音だけが聞こえている。男の息づかい。衣ずれの音。体をぶつけている音。ドリームキャストの音だけゲーム、『リアルサウンド風のリグレット〜』が脳裏に浮かぶ。始まりからしてこの映画ただごとではない。
その後、しばらくするとジッポの火が灯り、男の顔が映し出される。どうやらこの男は木箱の中に閉じ込められているとわかる。しかも生き埋め。ここから男の孤軍奮闘、七転八倒が始まるわけですが、なにしろ狭い木箱の中なので実際は七転八倒などできません。寝返りを打つのがやっとのスペース。そんな空間で男が90分間にわたり、じたばたするだけの映画。なんだけど、やたらめっぽうおもしろかった。おもしろかったよ!
で、話はちょっとだけ戻しますが、ヒッチコック劇場にはロアルド・ダールの「南から来た男」を原作にしたドラマなんかもありました。ライターの火を十回連続で付けられるかを賭けるお話。これもおさなごころに衝撃を受けた作品でした。

「リミット」では、閉じ込められた男がジッポをやたらカチカチさせるので、なんか既視感があるなと思ってたら、あぁ! 「南から来た男」の出来事までが!
多くは語りますまい。「リミット」はヒッチコック的サスペンス・スリラーを存分に味わえる佳作。
木箱の中で何が起きるのか、未見の人には実際にその目で目撃して欲しいので、詳しいことは書きませんでした。目撃というか体験といったほうが相応しいかな。真っ暗な映画館で、真っ暗な木箱の中を覗き見ていると、こっちまで息苦しくなってきます。この体験・体感は本当にイキウメ、いやさ、オススメ。