恥とマスは掻き捨てナマステ

ヨーグルトが好きです。アートと映画と音楽と野球は、もっと好きなようです。

ディカプリオの呪いを解くのはだれか?

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いろんなレオナルド・ディカプリオをみた。とりどりの場所で。

ディカプリオって、いい役者だ。
そう確信できたのがいつだったか、どうにも記憶がハッキリしない。
 
深夜のテレビでみた「ザ・ビーチ」で、気の触れた彼が地獄の黙示録よろしく、ヒルを口にくわえながらひょっこり沼から現れたとき。
あのとき、ディカプリオっていいなぁと思ったのかもしれない。
「ブラッド・ダイヤモンド」で、幼いころに凄惨な経験をしたがゆえに、誰よりもあどけない童顔をさらけ出さざるを得なかった彼の表情をみたとき。
レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで」で、実現しそうにない夢ばかりを追うのに必死で、ちっとも成長しない彼の振る舞いをみたとき。
タイタニック」に遡ってみて、彼が若いままにあるがまま、海に沈んでいったとき。
 
ありとあらゆるあの映画のとき。
「ディカプリオはいい役者なんだ」と気づいてしまったんだと、事後的に記憶を捏造してみたくもなる。
 
ディカプリオといえば、世間的にもやはり「タイタニック」に尽きるだろうと思う。
タイタニック」が3Dになって再上映される話がある。
そうなれば、ディカプリオ=タイタニックの結びつきが、またしても強化されることだろう。
 
ディカプリオという役者の時間は、タイタニックといっしょに沈んだあのときから止まっている。
彼はいつまでも若いままで、いつまでも童顔だ。
老練な演技をみせようとしても、彼は眉間に皺を寄せることぐらいしかできない。
老人メイクを施したところで、彼の童顔は隠しきれない。
彼の若々しい瞳の輝きはメイクを突き破ってあふれるばかり。
彼はずっと永遠に青年なのだから。
 
一方で、ディカプリオの大先輩であるイーストウッドという役者の顔はどうか。
皺くちゃである。
昔から皺だらけで、傷だらけだ。
 
大昔から老境が服着て歩いてるようなイーストウッドが、永遠に青年であり続ける呪いをかけられたディカプリオを主役に選んだ。
 
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国会図書館の蔵書の分類法を作り出したり、指紋によるデータベースを作ったり。
ジョン・エドガー・フーバーの業績の数々をみるにつけて思うのは、すこぶる母性的だなってこと。
すべてを管理して支配したがる性向は、母が子どもに対して振りかざすものにこそ似ている。
決して男らしさなどではない。
イーストウッドの映画でいえば「チェンジリング」にこそ似てる趣向。
ただし、「チェンジリング」は巻頭言で語るとおり「真実の物語」であったが、「J・エドガー」という物語は真実からかなり遠いところにあるべきだ。
 
エドガーの最期の姿を思い出してみる。
でっぷりした腹をさらけ出してベッドから落ちて横たわるエドガー。
いやさ、ディカプリオ。
 
ディカプリオを老いた姿で死なせてあげた。
イーストウッドはディカプリオの呪いを解いてみせようと試みた。
 
決して信頼のできない「J・エドガー」の物語だけれど。
エドガーの最期の姿だけは真実なのだ。
それこそが映画なのだと思う。