恥とマスは掻き捨てナマステ

ヨーグルトが好きです。アートと映画と音楽と野球は、もっと好きなようです。

あれが彼に現れるための物語。

ザ・ウォーカー』を観た。予告編の感じでは全編セピアの殺風景な映像ばっかり、正直つまんなそう、、、と思ってたけどすいません、やっぱ映画は観てみないことには分かんないや。すっげえおもしろかったです。そういえば『エスター』も予告編では全然おもしろそうじゃなかったのに、実際観たら度肝抜かれたし。自分の愚かな思い込みが裏切られるのはうれしい限り。
始まってすぐ、デンゼル・ワシントン演じる主人公が廃屋に入り、部屋を物色していると首吊り自殺の死体がある。おそらく悪臭がすごいのだろう、布で鼻を覆い隠す。
お、と思いました。
この映画では、においを描写するんだなと。『パフューム ある人殺しの物語』みたいに、“香り”をめぐるお話でもないのに、においを描くってことは、嗅覚がなんらかの役目を果たすだろうと。そう思って、注意深く観てました。
そしたら案の定、においに関する描写がそのあとも出てきます。
十メートルも前から盗賊たちの体臭に気づいたり。盲目の女性の髪についているシャンプーの香りに気づいたり。西へ西へと走る車内で、近づきつつある場所のにおいに気づいたり。
などなど、主人公の嗅覚の鋭さをしっかりと見せつけます。それだけでなく、この主人公は聴覚も鋭く、バイクの音をいち早く察知したり、少しの羽ばたきを聞きつけて、鳥を矢で射抜いたり。
五感鋭く、ただ者じゃねえ、この男、できるな感の、丹念な描写がこれでもかと満載。
と感服してたら、最後の最後にその積み重ねてきた描写の意味が一気に爆発するのですよ。おおおおお! と唸りました。目から鱗。←原義に近い意味においても。
男が運ぶ本がなんなのかは、早々に誰もが分かるところだけど、それはまさにマクガフィンにすぎず、そしてミステリにおける赤いニシンなのです。本ばっかり気にしてたら見事に足下を掬われましたわ。すばらしいストーリーテリング
映像もすばらしかった。
トンネルの中から覗く四角い空を背景にして、逆光の中、男たちの影だけが動き回る素敵な殺陣。鳥肌立ちまくり。細かいカット割りでアクションを盛り上げるなんて、そんな小賢しいことをこの映画はしません。カメラはずっと固定されたまま。だから殺陣が美しい。シンプルだから美しい。
この映画に出てくる武器といえば、手榴弾とかピストルとかナイフとかであって、目新しいものなど全然ないんだけど、とっても戦闘シーンがおもしろい。
後半、荒野の中にぽつんと建つ一軒家を舞台に、追われる者たちと追う者たちが戦う。そのときカメラは、家の外から中、中から外へと、弾の軌道と一にしながら、前後に動き回る。緊迫する戦場のただ中へと観客を叩き込む。近ごろ流行りの手ぶれカメラ映像なんぞ使わなくとも、アイデアある見せ方ひとつで、映像はグッと引き締まるんだな、と改めて感動しました。