恥とマスは掻き捨てナマステ

ヨーグルトが好きです。アートと映画と音楽と野球は、もっと好きなようです。

夏だ!プールだ!地獄絵図!


暑いですね。猛暑ですね。プールに入りたいです。
というわけで傑作「ぼくのエリ 200歳の少女」を観ました。銀座で。ほぼ満席。客層の年齢は高め。そして、この映画、あらかじめ言いましたが傑作。
この先、観たまんまの感想を書くだけですので、ネタバレ的なものは基本ないです。が、クライマックスまで書きます。決定的なことはボカしますが。なので、予備知識の一切ない状態で観たい人は、もちろん読まないほうがいいです。
なんとまあこの映画、奥か、もしくは手前。そのどちらかにフォーカスした画が、やたら目に付く。
車内。画面のいちばん手前である後部座席には人がいるようだ。なぜ“いるよう”なのか? カメラのピントは車内の前の座席にしっかりと合わされている。そのため、手前にあるのは、人のようだとしか言えない。しかし、すぐさまピントが手前へと切り替わる。そして、眼鏡を掛けた男の横顔が映し出される。なるほど、人がいた。
続いて、建物の前で立ち小便をする男がいる。その男ににピントが合いすぎているため、背景の建物はぼんやりと不鮮明でおぼろげだ。しかし男が立ち去ると、ピントは建物のほうにしっかり合わされる。そして曖昧であった背景の建物は鮮明に映し出され、建物のある窓から見下ろしていた男の姿がはっきりと見えてくる。

場面が変わり、学校。手前には主人公と思しき金髪の少年が、こちらに背を向けて座っている。少年の背中にピントが合わさりすぎているため、周囲の生徒たち、そして教壇の前にいる人物、これらはぼやけたままであり、幻覚のようでもある。その後、金髪と教壇の前にいる人物の間でやり取りがなされ、人物のほうへとピントが合う。そしてどうやら警察官のようだと分かる。

次に、授業が終わったあとの廊下。金髪が後ずさりしている。だれかに迫られているようだ。金髪は後ずさりした結果、壁に背中をぶつける。ここまでは金髪にフォーカスしている。すると別の少年がフレームイン。その嗜虐的な目つきからして、どうやらいじめっ子のようだ。いじめっ子のフレームインと同時に、フォーカスは金髪からいじめっ子へと移動する。このふたりは、ほぼ横に並んでるに等しく、距離といえるほどの距離はないはずだ。それでも、いじめっ子にフォーカスしすぎた結果、金髪の輪郭はぼやけている。そしていじめっ子が金髪の鼻を指で強くはじく。そして去っていくと同時に、またフォーカスが金髪へと戻る。いじめっ子の姿は一気にぼやける。
この映画、ほとんどがこんな調子の映像であり、つまり奥か手前か、そのふたつの世界の往還を、われわれは見せられ続けることとなる。
さて、主人公の少年はいじめられっ子。そして犯罪マニアである彼は、胸の内に暗い情熱をたぎらせている。夜ともなれば、愛用のナイフを手に持って、マンションの内庭へと足を運び、樹木に対して「豚め!」と呟きながらナイフで刺したりする。
そんなある日。いつものようにナイフを振りかざしていると、うしろに人の気配。振り返れば小さなジャングルジムの上に少女と思しき人が立っている。このときも、振り返るまでは少年にピントが合っているが、振り返れば少女へとすかさず合う。初めて出会ったこのふたりは、少しの会話を交わすだけで終わる。
別の日、少年はルービックキューブを少女に貸す。また会う約束をして終わる。このときもピントは、少年と少女を同時にして合わさることはない。
そして次の日。少年と少女は小さなジャングルジムに並んで座る。そのときカメラはふたりを同じフォーカスで映し出す。二人の間で、本格的に心が通い出したことを証明するかのように。
決して派手にカメラを動かすわけでもなく、フォーカスを変えるだけの映像が続くだけではあるが、ひたすら奥・手前・奥・手前を繰り返していく。このリズムは刺激的で心地よい。
また、少年が寝ているとき、少女が少年の寝具へと潜り込むシーン。このとき、少年と少女の間には、お互いの理解の上でかなりの隔絶がある。よって、少年と少女のフォーカスは外れたままだ。しかし、このシーンの最後、少女が自らの指で少年の左腕をやさしくなぞるとき、奥と手前にいるにも関わらず、少女と少年にフォーカスはぴたり。
こんな具合に書き続けてたらキリがないので、クライマックスのプール。このとき、奥・手前を前後に運動する映像の美しさがいちばん閃く。
水中にいる少年が手前。
そして奥の水面へと移動する何か。
すると奥の水底へと落ちていくあれ。
このシーンを観たとき、
ああ!(愕然)
なんと!(慄然)
観てよかった!(感動)
うん、よかった……(感銘)
と、ほの暗い心の底で快哉を叫びました。
プール最高!